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東京高等裁判所 昭和55年(ラ)248号 決定

抗告人 中島吉夫

主文

東京家庭裁判所昭和五四年(家イ)第二三九二号遺産分割調停事件について、同裁判所が昭和五五年二月二九日にした遺産管理者選任の審判を取り消す。

理由

本件抗告の趣旨は主文同旨の決定を求めるというにあり、その理由は別紙のとおりである。

よつて検討するに、家事審判規則一〇六条一項による遺産管理者選任の審判は、同条項の趣旨にかんがみ、遺産分割の審判申立てがあつたとき(家事審判法二六条一項により調停不成立の場合に審判の申立てがあつたものとみなされるときをも含む。)にのみ許され、本件におけるように遺産分割の調停が申し立てられ、調停手続が行われている段階においては、これをすることができないものと解するのが相当である。したがつて、主文掲記の審判は家事審判法、同規則に根拠を有しない違法なものというべく、本件抗告は理由がある。

よつて、右審判を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小林信次 裁判官 浦野雄幸 河本誠之)

抗告の理由

一 (一) 原審判は、現在調停係属中にすぎず審判係属中というわけではないのに、審判手続に関する「家事審判規則第一〇六条により」なされたものなので、法律上根拠のないものである。右審判により抗告人は遺産の管理権を侵害され、又、管理者に対する報酬その他の経費を負担させられることになるので、取消を求めるものである。

(二) 尚右審判は審判と表題をつけられてはいるが、家事審判法、同規則上の根拠に基づくものではない。従つて右「審判」については家事審判法第十四条は適用されず家事審判法第七条、非訟事件手続法第二十条により抗告できるものといわねばならない。

二 (一) 右遺産分割調停申立事件に関し、昭和五十五年二月二十日に調停期日があり(但し、抗告人本人は昭和五十五年一月九日から入院中のため不出頭。三月一日胆のう切除手術をしたため現在も面会謝絶)。

右期日の最後に調停委員より裁判所において職権で遺産管理者を選任するとのことであるとの伝言があり、続いて本件原審判があつた。

(二) ところで、それまでの調停期日においては何ら遺産管理者選任の話は出ておらず、全く突然の選任であつた。右期日においてさえも、前回期日に提示された相手方らの案につき申立人らがこれを拒否するということなので、調停委員が裁判官に来ていただいて協議しますということになり、右協議が終つて裁判官が退席してから当事者が呼ばれ調停委員から右伝言があつたのである。

(三) 右のごとき事情なので抗告人としては「裁判所が何故遺産管理者を選任したのか、管理者に今後何をさせようというのかわからない。そして裁判所「調停委員を含め手続当事者の納得のいく根拠のもとに、適正な手続にのつとり行われるべきではないか、という素朴な疑問を禁じ得ないのである。

三 (一) 原審判は、その根拠として家事審判規則第一〇六条をあげている。しかし審判が係属していない段階で家庭裁判所が審判前の仮処分をすることは許されない。第一に文理解釈上明白である。すなわち右第一〇六条は「遺産の分割の申立があつたときは」と定めるが、この条文が家事審判のうち相続に関する審判事件につき定められたものなので、右の「申立」とは審判の申立だからである。

(二) 家事審判規則の立法趣旨からも明白である。すなわち精緻な法律的頭脳を誇る最高裁判所が右規則を作成するにあたり、調停中にも家庭裁判所により執行力、形成力のある仮処分を必要と考えていたならば規則第一〇六条を調停手続にも準用する旨明記しないはずがない。最高裁判所は調停中においては同規則第一三三条による調停委員会による処分で十分で家庭裁判所による強力な職権による仮処分は調停手続になじまないと考えていたのである。

(三) すなわち、規則一〇六条による仮処分については、当事者の申立があつてもそれは職権の発動を促すものにすぎないし、審尋も不要、理由を付することも不要、不服申立もできないとされている。このような強度の職権主義的仮処分は当事者の相互理解と話し合により紛争の解決をはかるという調停手続とは全く異質のものである。相互理解と話し合いということは、何も申立人と相手方にのみ要求されるものではなく、調停委員、裁判所にも要求されるのであり、裁判所の処分も当事者を納得せしめることのできる要件、効果の明瞭な実体法的な根拠と、適正な手続に基礎づけられるものでなくてはならない。このような根拠と基礎のない職権による仮処分は、仮りに裁判所においていくら正しいと信じていても、これを突然告知される申立人や相手方は裁判所の処分の動機、理由、根拠等を理解できないままこれに服従せねばならぬということで、仮処分が出たがために裁判所不信に陥り、ひいては調停手続も円滑にいかなくなるのである。

(四) 調停事件を多数処理せねばならぬ裁判所としては、何らかの執行力、形成力ある仮の処分が必要と思われる場合があるかも知れない。しかしそのような仮処分を当事者の相互理解による紛争の解決という調停の本質に調和させるためには、その処分は当事者にとつて明確な根拠、明確な理由があり適正な手続にのつとりなされたものとして納得のいくものでなくてはならない。最高裁判所は必要とあれば家事審判規則を簡易に改正できるものであり、現に昭和二十二年に制定後、二十三年、二十四年、二十五年、二十六年、同じく二十六年、二十九年、三十一年、三十七年、四十六年、同じく四十六年、四十九年と何度も改正している。従つて最高裁判所が家庭裁判所による執行力、形成力ある仮処分を必要と考えたならば要件、効果並びに手続を明確にして調停と調和する仮処分を創設したはずである。しかるに現実にはそのような家事審判法の改正をしていない。ということは最高裁判所としてはそのような仮処分の必要性を認めていないということである。従つて別個的に各裁判官が仮処分が必要に思われるからといつて、何等の根拠もないのに仮処分をすることは許されない。

四、以上の次第なので本申立に及ぶものである。

参考裁判例

(1) 積極例

東京地裁昭和四三年四月一日判決(家月二〇巻九号七九頁)

宮崎家裁日南支部昭和四三年六月二八日審判(家月二〇巻一一号一六二頁)

東京家裁昭和四七年三月一三日審判(家月二五巻三号一〇七頁)

福岡家裁小倉支部昭和五四年六月一二日審判(家月三一巻九号五四頁)

(2) 消極例

東京高裁昭和四四年一月三〇日判決(家月二一巻七号七〇頁)

なお、即時抗告を許す旨の明文の規定のない審判に対する抗告の適否については、家事執務資料集中巻七六頁、下巻の二 五四一頁以下参照。

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